勝山剣光堂ニュース


勝山剣光堂のフェイスブック

勝山剣光堂ニュース 2018年09月12日


一連の事件で勝山智充被告が最初に逮捕されたのは2016年5月18日のことでした。それ以後、勝山剣光堂に属するインターネット上のコンテンツは、すべて更新が停止しているように見えるのですが、実際にはちょっとした変更が加えられることも、まったくないわけではないようです。以下、フェイスブックに絞ってそれを見ていくことにしましょう。

20160923.jpg【画像1】 勝山智充被告の個人ページ、2016年9月23日現在の状態です(画像をクリックすると拡大表示されます)。アーカイブされたものですので、レイアウトが多少崩れている点はご容赦ください。株式会社勝山剣光堂の「代表取締られ役」となっているのですが、これは勝山剣光堂の関係者が、勝山被告の逮捕後に、このように書き換えたと考えるのが自然でしょう。愉快犯よろしく自分が逮捕されないことを誇示しているところのように見えます (1) 。この文言は、その後しばらく、そのままになっていたのですが、ごく最近になって画像2のように書き換えられました。

20180912.jpg【画像2】 現在の状態です。画像1に見られる「代表取締られ役」が「代表取締役」に書き換えられ、そのうえ新たに「刀職」という言葉が書き加えられました。これは一連の公判において勝山智充被告が盛んに自分のことを刀職と呼んでいたこととの整合性を取るためと考えられます。ただし勝山被告は刀剣職人になるための修業をしたことは過去に一度もありません。まともな仕事はすべて外注であり、自分がやった稚拙な工作は、すべて「真木」という架空の従業員のせいにして責任を逃れようとしていました。実際、すべて真木がやっていることで自分は何も知らないとの説明を勝山被告から受けた被害者は複数います。自分は刀職で、刀職としての自分の名前が真木だと勝山被告が言い出すようになったのは裁判が始まってからでした。最近になってフェイスブックに「刀職」と書き加えたことが、逆にそのことを浮かび上がらせる結果となったのは皮肉と言うしかありません。

20160218.jpg【画像3】 株式会社勝山剣光堂の法人ページ、2016年2月18日付の投稿です。勝山智充被告が一連の事件で最初に逮捕された日より、ちょうど3か月前のものですが、これが長らく最新の投稿になっていました。つまり、この投稿を最後に、ずっと更新が止まっていたということです。ところが、ごく最近になってこの投稿は削除され、2014年12月23日の投稿が最新のものとして繰り上がることになりました。この削除がなされる前のフェイスブックを見て勝山被告の神経を疑う人は少なくなかったのですが、そうした世人の声が最近になって勝山被告の耳に入ったということでしょうか? なお、この投稿には福井テレビの報道が画像として取り込まれています。勝山被告は、そこで言及されている軽自動車の運転者宅に押しかけ、脅迫的な言動をとったことが知られているのです。目的は金でしょう。この不気味な投稿の背後に隠された意図は、そうした自分の行動の正当化にあったと考えれば、ある程度までは筋が通るように思われます。また、もしかすると嫁しゅうとめの関係も影を落としているのかもしれません。ちなみに勝山被告が詐欺に使用する偽名「真木」は勝山被告の母親の旧姓ということです。

画像1は別として、画像2および3にまつわる変化は、いずれもここ数日のうちに確認されたものです。どんなに古くとも7月3日の論告求刑公判より前になされたものではありえません。今月18日の判決公判を意識した、あるいは判決公判の後を見据えた勝山智充被告の動きの一環と見ていいでしょう。これだけ世の中を騒がせておきながら、そのことに一切言及がないのは極めて不自然なのですが、要は嵐が通りすぎるのを待っているのでしょう。論告求刑公判における検察官の指摘「何ら反省も見られない。今後も同様の犯行を繰り返す恐れがある」が的確であることは (2) 、以上の点からも明白であると言わねばなりません。


注記

(1) 2017年の3月から6月にかけて勝山剣光堂から複数の被害者に対し催告書として脅迫的な内容の文書が送付されたことがあった。この期間には「本人[勝山智充被告]は勾留中のため、被告の関係者が送っている可能性がある」(『福井新聞』2017年07月14日)。

(2) 「日本刀横領 被告に懲役5年求刑 福井地裁 検察『態様悪質』」『福井新聞』2018年07月04日、27面

関連情報

株式会社 勝山剣光堂 < Facebook(2012年05月24日 〜 )

勝山 智充(剣光堂) < Facebook(2011年08月21日 〜 )

備考

独自記事。